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名古屋高等裁判所金沢支部 平成5年(行コ)5号 判決

第三号事件控訴人 第五号事件被控訴人 魚津税務署長

代理人 長谷川恭弘 土田栄 松井運仁 志賀浦実 市川登美雄 ほか三名

第三号事件被控訴人 第五号事件控訴人 中村吉成

主文

一  原判決中、一審被告敗訴部分を取り消す。

二  一審原告の請求をいずれも棄却する。

三  一審原告の本件控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審とも一審原告の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  一審原告

(一)  原判決中一審原告敗訴部分を取り消す。

(二)  一審被告が昭和五七年二月二二日付けでした、一審原告の昭和五五年分の所得税にかかる更正処分及び過少申告加算税の賦課決定(ただし、裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

(三)  一審被告の控訴を棄却する。

(四)  訴訟費用は、第一、二審とも一審被告の負担とする。

2  一審被告

主文同旨

二  当事者の主張

当事者双方の事実上の主張は、次のとおり付加・訂正する他、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

1  原判決添付別表(二)を別表1に、同(三)を別表2に各差し替える。

2  原判決三枚目裏初行末尾の次に「一審原告に対する」を加える。

3  原判決九枚目表初行から同二行目にかけて「七三四万一八三一円」とあるのを「七二七万五五七九円」、同二行目「六六六万五〇一一円」とあるのを「六五一万〇三七七円」と、各改める。

4  原判決九枚目表末行冒頭以下同裏八行目末尾までを削除する。

5  原判決九枚目裏末行「自動車板金塗装」とあるのを「自動車板金塗装業」、同行「自動車整備」とあるのを「自動車整備業」、同一〇枚目表三行目「昭和五三年分が」とある部分以下同六行目から七行目にかけて「二二五九万二八九一円)、」とある部分までを「昭和五三年分が三三四二万二二五七円(自動車板金塗装業が八二〇万六九三五円(円未満切上げ、以下同じ)、自動車整備業が二五二一万五三二二円)、昭和五四年分が三四三九万八一九七円(自動車板金塗装業が八八二万四二三一円、自動車整備業が二五五七万三九六六円)、」、同七行目から同八行目にかけて「自動車板金塗装」とあるのを「自動車板金塗装業」、同八行目「自動車整備」とあるのを「自動車整備業」と各改める。

6  原判決一一枚目裏初行「別表(四)」とあるのを「別表(四)の1ないし3」と改める。

7  原判決一二枚目表九行目「秋には」とあるのを「昭和五六年の秋には」、同一三枚目裏一〇行目「質問調査権」とあるのを「質問検査権」と各改める。

8  原判決一四枚目表三行目「被告の主張3(二)のうち、」とある部分以下同五行目末尾までを「一審被告の主張3(二)は認める。」と改める。

9  原判決一七枚目表九行目末尾の次に行を改め、次のとおり加える。

「(三) 倍半基準について

倍半基準は、同業者率によって納税者の所得を推計する場合に、事業(営業)規模の観点から、納税者と類似する同業者を選定するために考えられた選定(抽出)基準であるが、それ自体絶対的なものではなく、同業者率の計算に当たり、ある程度の同業者の存在が必要とされることからしても、おおむねその範囲内にあるものを選定すれば、規模の類似性が確保され、推計の合理性は十分に維持されると解すべきである。

本件の場合、一審原告の昭和五三年分及び同五四年分の所得につき、一審被告が当初設定した基礎数値は、その基礎となる自動車板金塗装業及び自動車整備業の収入金額が国税不服審判所の裁決によって変更されたため、その条件を満たさなくなったが、当審における主張の変更によって当事者間に争いのなくなった総収入金額の内訳額に基づき、一審被告が当初設定した基礎数値との倍率を計算しても、おおむね倍半基準の範囲にあるといえるから、事業規模の類似性は確保されており、一審被告が選定した同業者によって算出した同業者率をそのまま適用した推計には、合理性がある。

仮に、倍半基準を形式的に適用しておれば、一審被告が選定した同業者以外にも選定されるべき同業者が存在していた可能性があるとしても、倍半基準は、前記のとおり同業者の選定に当たって絶対的なものではないから、一審被告が選定した同業者の範囲内で合理的な方法で選定範囲を縮小ないしは拡大して算定した場合においても、右推計は適法である。」

10  原判決一七枚目裏八行目「三四号証」、同九行目「五六号証」の次に各(枝番を含む)」を各加え、同二三枚目表二行目から同三行目にかけて「甲第五一号証」とあるのを「甲第五一号証の一ないし五」と改める。

三  証拠

証拠関係は原審記録中の書証目録及び証人等目録並びに当審記録中の書証目録記載と同一であるから、これを引用する。

理由

一  本件各処分の存在及び課税の経緯等について

請求原因1及び2の各事実は、当事者間に争いがない。

二  本件調査の経緯及び適否について

次のとおり付加・訂正する他、原判決二四枚目表四行目冒頭以下同二九枚目裏一〇行目末尾までと同一であるから、これを引用する。

1  原判決二四枚目表六行目冒頭に「〈証拠略〉、」を加える。

2  原判決二四枚目表一〇行目末尾の次に行を改め、次のとおり加える。

「(一) 一審原告の係争各年分の事業所得に関する申告書には、事業所得の専従者控除額及び所得金額が記載されているのみで、収入金額及び必要経費の記載がなかったため、所得金額の算出根拠が明らかではなく、又一審原告の事業規模からみて、申告所得金額が過少である可能性があったので、一審被告は、一審原告の係争各年分の所得を調査するために、部下職員山口を一審原告方に派遣することを決定した。」

3  原判決二四枚目表末行「(一)」とあるのを「(二)」、同裏末行「(二)」とあるのを「(三)」、同二五枚目表四行目「(三)」とあるのを「(四)」、同八行目「(四)」とあるのを「(五)」、同裏初行「(五)」とあるのを「(六)」、同四行目「(六)」とあるのを「(七)」、同七行目「(七)」とあるのを「(八)」、同一〇行目「(八)」とあるのを「(九)」、同末行から同二六枚目表初行にかけて「山口は、」とあるのを「山口は、兼山が調査に立ち会うことは、税理士法に違反すると考え、また自らにとっては国家公務員の守秘義務に反すると考え、」と各改める。

4  原判決二六枚目裏三行目「証言をする。」を「証言をする(第二回)。」、同二七枚目表二行目「最も最初」とあるのを「最初」と各改める。

5  原判決二七枚目裏一〇行目「当該調査事項に」とある部分以下同末行「権限を認めた趣旨」までを「当該税務職員に対し、調査事項に関連性を有する質問をし、帳簿書類その他の物件の検査を行う権限を認めた趣旨」と改め、同末行以下同二八枚目表初行にかけて「場所等の」とある次に「実定法上特段の定めがない」を加える。

6  原判決二八枚目表七行目「原告の」とある部分以下同九行目から同一〇行目にかけて「記載がなく、」とある部分までを「前記認定の一審原告の係争各年分の確定申告書の記載に照らせば、」と改める。

7  原判決二八枚目裏六行目「しかしながら、」とある次に「前記質問検査権の性質に照らせば、調査に先き立って、調査の実施を納税者に通知すべき事前通知義務が常に税務職員に課せられているとは到底認められないばかりか、」を加える。

8  原判決二九枚目表二行目「しかし、」とある次に「右事前通知の場合と同様、調査理由を開示すべき義務が常に税務職員に課せられているとは到底認められないばかりか、」を加える。

9  原判決二九枚目裏初行以下同三行目末尾までの部分を次のとおり改める。

「しかしながら、税務調査につき第三者の立会を認めるか否かも又、調査の必要性と相手方の利益とを比較考量して社会通念上相当な程度に止まる限り、調査を担当する税務職員の合理的な裁量に委ねられていると解される。そこで、本件についてみるのに、前記認定事実(原判示)に照らせば、守秘義務を理由として、税理士資格を有しない兼山の立会を拒否した右山口の措置は、右裁量の範囲を逸脱するものでないことが明らかである。

一審原告は、青色申告会や法人会その他の事業者団体では、当該団体の事務局等の立会のもとで調査が行われており、税務署もこの事実を認めているのであるから、一審被告のいう守秘義務は、民商事務局員の立会を排除するための口実に過ぎず、本件調査は違法であると主張し、〈証拠略〉には右に沿う記載がある。しかしながら、私的な鑑定書ないしは参議院予算委員会における一方的な主張にすぎない〈証拠略〉の記載内容によって、一審被告がそのような措置を取っていたとは直ちに認め難く、他に一審原告の右主張を認めるに足る的確な証拠はない。従って、一審原告の右主張は採用できない。」

10  原判決二九枚目裏七行目冒頭以下同九行目末尾までを次のとおり改める。

「しかしながら、前記認定のとおり、山口は同日一審原告の秋までの調査延期の申入れを同意していないばかりでなく、取引先等に対する反面調査も又、質問検査権の一環として、いかなる時期に、いかなる方法で、どの程度行うかは、社会通念上相当な程度に止まる限り、税務職員の合理的な裁量に委ねられており、一審原告の主張するような、補充性の要件の存在は要求されていないと解される。従って、前記のとおり山口は、一審原告が種々の理由を述べて帳簿を提出しようとはせず、しかもこのままでは一審被告は反面調査を行わざるを得ない旨を告げたにもかかわらず、その後も調査に協力しなかったため、一審原告に対する税務調査と並行して反面調査実施に踏み切ったもので、その判断は正当であり、その他本件に顕れた諸般の事情を斟酌しても、本件において山口が行った反面調査が右裁量を逸脱したものとは、到底認められない。」

三  推計課税の必要性及び合理性の有無並びに事業所得の金額について

当裁判所も、本件につき推計課税の必要性及び合理性が存するものと判断するところ、その理由は、次のとおり付加・訂正する他、原判決三〇枚目表初行冒頭以下同四〇枚目裏七行目末尾までと同一であるから、これを引用する。

1  原判決三一枚目裏初行「原告の」とある部分以下同三行目末尾までを「一審原告の係争各年分の総収入金額及びその内訳が、別表2記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。」と改め、同四行目冒頭以下同三三枚目表四行目末尾までの部分を削除する。

2  原判決三三枚目表八行目「被告は、」とある部分の次に「金沢国税局長の一般通達に基づき」を加える。

3  原判決三四枚目表七行目冒頭以下同三六枚目裏一〇行目末尾までの部分を次のとおり改める。

「(二) 推計課税で用いられる同業者率による推計は、納税者と同種、同規模の同業者を選定し、その差益率、所得率、経費率等の平均値を算出し、右数値から当該納税者の所得を推計する方法であるが、この場合、右同業者の選定基準が合理性が有することが必要である。

倍半基準は、納税者と事業(営業)規模の観点から類似する同業者を選定するために、納税者の収入金額の二分の一以上二倍以下の範囲という基準を設定し、その範囲内にある同業者を選定し、その平均値を算定して同業者率とするもので、右同業者率による推計を行う場合に広く用いられている手法である。しかしながら、右倍半基準は、その根拠ないしは条件が法令により定められているわけではなく、あくまでも一つの選定基準として課税庁が考案したものに過ぎず、同業者率による推計を行う場合において、厳密に右範囲内にある者のみを同業者として選定し、またその後納税者の収入金額が異なるとの認識を有するに至った場合にも、常にこれを維持し続けなければならないという論理的必然性ないしその根拠も存しない。従って、右倍半の基準自体絶対的ではなく、おおむねその範囲内にあるものを選定すれば、納税者と選定した同業者との規模の類似性が確保され、推計の合理性も十分に維持されると解すべきである。

一審原告は、倍半基準は行政上の基準であるから、一審被告が一旦これを設定した以上は、他の納税者との均衡の観点からも、これを機械的、形式的に適用することが求められる旨主張する。しかしながら、前示した倍半基準の性質に照らすと、一審原告の右主張は採用できない。

(三) そこで、本件についてみるのに、前記争いのない一審原告の自動車板金塗装業及び自動車整備業の各収入金額に基づき、一審被告が当初選定した同業者との倍率を計算すると、昭和五五年分については、自動車板金塗装業、自動車整備業とも右倍半基準に適合しているものの、同五三年分については、自動車板金塗装業が約〇・六二八以上二・四九六未満(小数点第四位を四捨五入、以下同様。)、自動車整備業が約〇・四五八以上一・八三三未満、同五四年分については、自動車板金塗装業が約〇・六六二以上二・六四〇未満、自動車整備業が約〇・四四二以上一・七六六未満となって、右金額は、倍半の範囲とは必ずしも一致しないが、このうち特に上限の倍率を斟酌しても、概ねこれと合致し、しかも、こうして選定された同業者の現実の収入金額及び平均経費率の数値(昭和五四年分の自動車板金塗装業については、必要経費率が異常に高い原判決添付別表(四)の2記載の同業者エを除く)等を勘案すれば、事業規模の類似性は確保されているというべきである。」

4  原判決三六枚目裏末行冒頭以下同末尾までを削除し、同三七枚目表初行「前記2(一)」とあるのを「(四) 前記」、同行「昭和五五年分」とあるのを「係争各年分」、同八行目から同九行目にかけて「別表(四)の3」とあるのを「別表(四)の1ないし3」と、同一〇行目「別表(五)の3」とあるのを「別表(五)の1ないし3」、同裏六行目「(四)」とあるのを「(五)」と各改め、同七行目冒頭以下同八行目末尾までの部分を削除する。

5  原判決三八枚目表初行冒頭以下同三行目「合理性があり、」までの部分を「しかしながら、異なる事業を兼業する業者の所得金額は、結局各業種ごとに算出される事業所得の金額を合計することによって算出できるし、また必要経費率は、業種ごとに異なるものであるから、こうした兼業をしている事業者について類似同業者を選定する場合にあっては、各業種ごとにそれぞれ類似同業者を選定し、これによる事業所得金額を合計すれば足り、兼業をしている業者のみを同業者として選定しなければならない必要はない。従って、」と改める。

6  原判決三八枚目表八行目「及び証人田中信太郎の証言」とあるのを「、原審証人田中信太郎の証言により成立の認められる〈証拠略〉」、同末行から同裏初行にかけて「別表(四)の3の自動車整備についての同業者欄記載のAないしG」とあるのを「別表(四)の1ないし3掲記の同業者欄記載の各業者」と各改め、同七行目「不明であっても、」とある次に「右程度の事情は、右同業者全体の平均値の中に捨象しうるものであって、」を加える。

7  原判決三八枚目裏八行目末尾の次に次のとおり加える。

「一審原告は、車両販売業の売上原価率は、自動車整備業のそれより格段に大きく、八〇パーセント前後に達しているのに、これが反映されていないから、右同業者は相当ではないと主張する。しかしながら、仮に一審原告主張の原価率であったとしても、先に認定したように、大部分が中古自動車販売業と自動車販売業を兼業しているとすれば、全体の原価率に反映していると推認されるから、かかる事情も又、平均値の中に捨象できる事情というべきであるから、一審原告の右主張もまた採用できない。」

8  原判決三九枚目表末行「車検業務の違い」とある次に「も又、右のうちどの方法を取れば、車検業務を効率よく実施できるかという観点から、各同業者の判断によって選択されるもので、結局は同業者間に通常存する程度の業務内容、条件の相違に過ぎず、これ」を加える。

9  原判決四〇枚目表初行「関するの」とあるのを「関する」と改め、同三行目「しかしながら、」とある次に「これらの基準は、そもそも個別事情が強いから、これらの数値が大きくなれば、直ちに所得金額が大きくなるという相関関係にあるとは認められない。しかも、」を加える。

四  一審原告の実額反証について

1  一審被告は、申告納税義務に違反し、税務調査にも応じなかったために推計課税を余儀なくされた不誠実な納税者が、実額反証によって推計課税を覆すためには、納税者の側で、収入金額と必要経費との対応関係を明らかに主張したうえで、収益及び費用のすべて並びに納税者にはそれ以上に収入がないことを立証しなければならないところ、本件では右対応関係がいまだ主張・立証されていないから、一審原告の右主張は、そもそも主張自体失当であると主張する。

しかしながら、現行の所得税法においては、実額課税の場合と推計課税の場合とで、事業所得に対する課税について異なる内容の課税標準が設けられているわけではなく、推計課税といっても実額課税とは別個の課税処分ではなく、ただ所得を認定する際の資料ないし方法として、帳簿書類等の直接資料を用いるか、同業者比率等の間接的な資料を用いるかという違いに過ぎず、課税庁は、課税の要件事実たる所得金額について主張・立証責任を負うものである。従って、納税者による実額反証は、課税庁がした推計による本証を真偽不明にして、覆せばそれで足りるものである。さらに税法上は、収入と経費との対応関係は、その年度中の収入に関して発生した経費であるという期間の点で対応していれば足り、それ以上に、その主張のかかる経費が収入金額と対応することまでは要求されておらず、推計課税によった場合にのみ、特に右対応関係を要求すべき法的根拠もなければ、その必要があるともいえない。結局これに照らせば、本件のように、納税者が収入金額を認めつつ、より多額の必要経費の存在を実額で主張して、課税庁の認定した所得金額が過大であると主張をしている場合であっても、これを主張自体失当であるとして、一律に排斥すべきではないから、一審被告の右主張は採用できない。

2  右のとおりであるけれども、既に認定したように一審被告が推計課税を余儀なくされたのを訴訟に至って経費の実額反証をもって覆そうとする一審原告は、それを確信に至るまで立証すべき義務を負っているものと解されるから、以下この点から検討する。

証拠(〈証拠略〉)によれば、一審原告が所得金額を算出するにつき原始資料とされた各書類及びこれに基づいて作成された資料に関して、次の事実を認めることができる。

(一)  金銭出納簿(〈証拠略〉)は、一審原告の妻弘子が現金の出入りを中心として、毎日取引ごとに記帳してきたというもので、バインダーに編綴された合計三一一頁(頁の記載は鉛筆でなされており、同記載によれば一五一頁には一、二の枝番がある。以下頁数を掲げる場合には、便宜上鉛筆書の数字による。)のルーズリーフからなり、一審原告にとっては、収入及び支出金額を記載する基本的かつ重要な帳簿であり、一審原告の所得を裏付ける書類として真先に提出されるべきはずのものである。

ところが、弘子の証言及び一審原告の供述によれば、右出納簿は、昭和五六年一二月一七日当時一審原告の事業所に存在し、その後一審原告が審査請求をした時点で、兼山と弘子が提出資料との照合作業を行う際に参照したにもかかわらず、それ自体は、国税不服審判所へ提出されず、平成二年一一月二日の原審第二一回口頭弁論期日に至り、ようやく提出されたものである。又右金銭出納簿の二六五頁及び二六六頁(昭和五五年七月三日の途中から同月一二日の途中)の一枚、二八三頁ないし二九六頁(同年九月二〇日の途中から同年一一月二〇日の途中)の七枚の二箇所にわたって、他の部分とは異なり、本来売上帳に用いられる様式の用紙が使用されており、不自然であるばかりか、昭和五五年六月三〇日以降(二六四頁)は、現金の差引残高の記載がない。

さらに右金銭出納簿には、一審原告の家事費も記載されているが、その額はあまりにも過少であり(昭和五三年分につき一九万七一〇〇円、同五四年分につき一四万七九八〇円、同五五年分につき二二万七九〇〇円)、右記載の他にも一審原告の母から家事費をもらっていたとの右弘子の供述によっても、記載洩れ、ひいては、これに対応する収入が除外されているのではないかとの疑いを拭い去ることができない。

(二)  出勤簿(兼賃金台帳、〈証拠略〉)は、従業員の出勤状況及び賃金を大学ノートに記載したものであるが、これ又本件訴訟になって初めて提出されたものであり、右金銭出納簿に記載された簿冊の価格(昭和五三年一月七日に購入、五五〇円)とは明らかに価格が異なることからして、別の出勤簿の存在すら否定できない。

又一審原告の従業員の水島(田中)修は、係争各年から一審原告の事業所を退職した昭和六一年までの間は、昭和五九年に病気で一か月半位休んだ他は、毎年ほぼ同じ日数勤務していたが、毎年日当の金額が上昇している(一審原告自身、従業員の日当を切り下げた事実はないと供述する。)にもかかわらず、同人の年間給与額は、昭和五三年分が二五六万二二〇〇円、同五四年分が二七〇万四二〇〇円、同五五年分が二九六万五三〇〇円であるのに対し、同五九年分が二一一万二〇〇〇円、同六〇年分が二四二万一六三〇円と逆に減少しており、係争各年分の出勤簿の記載、ひいては水島修をはじめ従業員に対する給与支給の額についても疑問がある。なお、一審原告は右の期間においては、従業員の給与につき所得税法で規定する源泉徴収を行っていなかった。

(三)  特別経費明細表(〈証拠略〉)、従業員給料明細表(〈証拠略〉)、支払利息割引料集計表(〈証拠略〉)、固定資産の明細及び減価償却費の内訳(〈証拠略〉)及び一般経費明細表(〈証拠略〉)は、本件訴訟のために当時新川民主商工会事務局員の兼山幸成が、右金銭出納簿、出勤簿の記載等を検討して作成した書類であるが、右帳簿書類の裏付けとなる原始記録の中には、いまだに提出されていないものもある。

3  以上の認定からすれば、一審原告提出の金銭出納簿、出勤簿等一審原告の実額主張において中核的な位置を占める資料は、その記載内容の正確性につき多大の疑義を持たざるを得ず、これらの記載をもって一審原告の必要経費が、一審被告主張の金額を上回るものであると認めることはできず、また、本件訴訟後これらの記載に依拠して作成された前記書類の記載も同様に、措信するに足りない。

なお一審原告は、金銭出納簿の中に残高の記載がなかったのは、当時母親が死亡したため、その余裕がなかった、昭和五九、六〇年の従業員の給与額が少ないのは、実際よりも低い金額で記載したものである等と主張する。しかしながら、右弁解は、右認定の事実を正当化する事情とはなり得ないから、一審原告の右主張は採用できない。

以上の次第で、前掲証拠から一審原告の係争各年分の必要経費が、前記認定の経費を上回るものであるとの疑いを差しはさむことはできないから、一審原告の実額の主張は、推計によって算出された一審被告主張の所得金額を覆すに足る反証とはなりえない。〈証拠略〉の記載も右認定を左右しない。

五  本件各処分の適否について

1  前述のとおり、一審原告の係争各年分の総収入金額及びその内訳は、別表2記載のとおりであるところ、前述の類似同業者の必要経費率の平均値をこれに乗ずると、一審原告の必要経費の額は、昭和五三年分が三三四二万二二五七円、同五四年分が三四三九万八一九七円、同五五年分が三五二一万五三六九円である。

2  一審原告の係争各年分の事業専従者控除額が各四〇万円であることは、当事者間に争いがない。

3  そうすると、一審原告の係争各年分の事業所得金額は、別表1記載のとおり、昭和五三年分が七二七万五五七九円、同五四年分が六五一万〇三七七円、同五五年分が七二七万三七三七円であるから、いずれもその範囲内でなされた本件各更正は適法である。従って、これを前提としてなされた本件各賦課決定も適法であり、結局本件各処分はいずれも適法である。

六  結び

以上のとおり、本件各処分はいずれも適法であり、一審原告の本件各請求はいずれも理由がないから失当として棄却すべきところ、これと一部結論を異にする原判決は失当で、一審被告の本件控訴は理由があり、一審原告の本件控訴は理由がないから、原判決中一審被告敗訴部分を取り消し、主文のとおり判決する。

(裁判官 笹本淳子 横田勝年 田中敦)

別表1、2〈略〉

【参考】第一審(富山地裁 昭和六一年(行ウ)第一号 平成五年二月一二日判決)

主文

一 被告が昭和五七年二月二二日付けでした原告の昭和五三年分及び昭和五四年分の所得税にかかる各更正処分及び各過少申告加算税の賦課決定(ただし、採決により一部取消された後のもの)をいずれも取消す。

二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三 訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 被告が昭和五七年二月二二日付けでした原告の昭和五三年ないし昭和五五年分の所得税にかかる各更正処分及び各過少申告加算税の賦課決定(ただし、採決により一部取消された後のもの)をいずれも取消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一 請求原因

1 原告は自動車板金塗装、自動車整備及び車両販売を業とする者である。

2 原告は、昭和五三年ないし昭和五五年(以下、右各年を「係争各年」という。)分の各所得税について、別表(一)記載のとおり確定申告をしたが、被告は、同表記載のとおり更正処分(以下「本件各更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件各賦課決定」という。)を行い、これに対して原告がした不服申立及びこれに対する応答の経緯は同表記載のとおりである。

3 本件各更正は、以下に述べるとおり違法であり、本件各更正を前提としてなされた本件各賦課決定も違法である。

(一) 質問検査権行使の違法性

(1) 調査の必要性の不存在

質問検査権の行使にあたっては調査の個別的必要性が客観的合理的に存しなければならないところ、被告が本件各更正に先立って行った係争各年分の原告の所得税についての調査(以下「本件調査」という。)においては、右必要性を欠いていた。

(2) 事前通知の欠如

質問検査権の行使に先立って調査の事前通知がなされなければならないところ、本件調査において、被告の部下職員である山口隆宣(以下「山口」という。)が昭和五六年七月三一日に行った調査は、事前通知がされていない。

(3) 調査理由の不開示

質問検査権の行使にあたっては調査理由を開示しなければならないところ、山口は、同日に原告事業所において質問検査権を行使するにあたり、その理由を開示しなかった。

(4) 立会いの拒否と調査の放棄

被調査者が同意した立会人の立会いを拒否し、そのことのみを理由として調査者において質問検査権の行使を怠ることは、被調査者が質問検査権の受忍義務を履行する機会を調査者の側において一方的に失わしめるもので許されないと解すべきであるところ、山口は、昭和五六年一二月一七日に原告事務所において質問検査権を行使するにあたり、同所に原告が同意した立会人がいることのみを理由として調査を拒んだ。また、原告が立会人のいない原告事務所二階でその行使を望んだのにもかかわらず、その行使をあえて放棄した。

(5) 反面調査の必要性の欠如

反面調査は合理的必要性がある場合に行使されなければならず、濫用は許されないところ、山口は、同年七月三一日の調査の結果、原告が同年秋ころまで特別な事情により調査に入れない状況にあることを熟知し、かつ秋まで調査を延期して欲しい旨の原告の要望を了承したのにもかかわらず、それを待つことなく原告の取引先、銀行に対して反面調査を実施した。

(6) 質問検査権の行使は厳格な手続的要請を受けるものであるから、適正手続を経ないでなされた更正処分は違法となるところ、本件各更正は、その前提となる質問検査権の行使に右に述べた違法があるから、当然に違法なものである。

(二) 推計課税の必要性及び合理性の欠如

本件各更正は、推計の必要性もないのに、合理性を欠いた推計により原告の所得を過大に認定した違法がある。

よって、本件各更正及び本件各賦課決定の取消を求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3は争う。

三 被告の主張

1 本件調査の適法性

(一) 調査の必要性

原告提出の係争各年分の確定申告書には、事業所得の専従者控除額及び所得金額のみが記載され、その余の所得金額の計算基礎となる収入金額及び必要経費の記載がなく、係争各年分とも事業所得の金額の算出根拠が計算上全く不明であった。しかも、原告の事業所の広さ、従業員数、家族構成など外形的事実からみても、原告申告の事業所得の金額は、係争各年分とも過少である可能性が強く、調査の必要性があった。

(二) 事前通知の必要性の有無

税務職員が質問検査権を行使するにあたり、事前に被調査者に通知をすべきか否かは税務職員の合理的裁量に委ねられているので、事前通知をしなくとも違法な調査にはあたらない。本件調査に関しては、昭和五六年七月三一日の時点では、原告に対して関係資料の調査作成を依頼したにとどまるから、事前通知をしなかったことに違法はない。

(三) 調査理由開示の要否

納税者は、質問検査権の行使に対して一般的に受忍義務を負っているものであり、税務職員は、質問検査権の行使にあたり調査理由を開示する必要は原則としてないし、本件調査においても調査理由を開示すべき例外的特殊事情は存しない。

(四) 第三者立会い拒否の当否

質問検査権行使の具体的な手続、方法は基本的に税務職員の合理的な裁量に委ねられているところ、税務調査にあたって税理士資格のない第三者が立ち会うと、納税者及びその取引先に関する事項が漏洩する可能性があるから、税務職員に課せられた守秘義務との関係上、立会いの拒否は違法ではない。本件調査において、山口は、立会いを要望する第三者が税理士資格のない者であったために立会いを拒否したもので何ら違法ではない。

(五) 反面調査実施の当否

反面調査をいかなる時期に行うかの判断は、社会通念上相当の程度にとどまる限り、調査を行う税務職員の合理的選択に委ねられているところ、後述のとおり、山口は、原告に対して帳簿書類の提示を求めたが、なかなかこれに応じなかったために反面調査を実施したもので、合理的裁量の範囲内で行われたものである。

2 推計の必要性

(一) 本件調査の経緯

(1) 昭和五六年七月三一日

山口は、午前九時四〇分ころ、原告事業所に赴き、係争各年分の所得税の調査に赴いた旨を告げて右三年分の帳簿書類の提示を求めたところ、原告が書類を探す暇がない等と発言したため、昭和五五年分の売上金額等を調べて欲しい旨の要請をしたが、原告が数日はかかる旨述べたために、あまり時間がかかっては困る旨を伝えて、原告方を去った。

(2) 昭和五六年八月二〇日

山口は、資料が出来ているかの確認のために、原告方に電話をしたが、お盆前後の来客や銭湯再建のために駆け回っていて出来ていないとの回答であったので、八月末までに作って提示するよう要請した。

(3) 昭和五六年九月二日

山口は、原告方に赴いて資料の提示を求めたが、原告がもう一か月すればなんとかなると言うのみで帳簿等を提示しなかったので、取引先調査をする旨を告げたところ、原告は、勝手にしてくれと述べた。

(4) 昭和五六年九月二八日

山口が原告方に赴くと、原告は、一〇月はじめならどうだ、日時はこちらから連絡する旨を述べ、資料の提示をしなかった。

(5) 昭和五六年一〇月二日

山口が原告方に電話連絡すると、原告は、資料はまだできていない、一〇月中旬以降ならなんとかなると答え、取引先調査の実施について山口を怒鳴りつけた。

(6) 昭和五六年一二月四日

山口が原告方に赴いて資料等の提示を要請すると、原告は、今日来て今日というわけにはいかないが再来週ならどうかと述べ、資料の提示をしなかった。

(7) 昭和五六年一二月一六日

山口が原告方へ連絡すると原告は不在であったが、後に原告から連絡があり、原告は、明日の午後事務所に来るように申し出た。

(8) 昭和五六年一二月一七日

山口が午後一時ころ原告方に赴くと、新川民主商工会事務局の兼山幸成(以下「兼山」という。)が同席していたため、退席を要請したが、原告はこれに応じなかった。原告と山口のやりとりの中で、原告が「例えば隣の部屋にいてもらったらどうか」と言ったため、声の聞こえないところなら支障がないと山口が答えていたが、原告がすぐに判断できない等と述べ、結局山口の約二時間の説得にも応じなかったために、山口は、正常な調査はできないと判断し、午後三時少し前に原告方を去ろうとした。この時原告が二階でやろうといって引き止めたが、山口は、原告がにたにた笑っており調査に協力するとの雰囲気ではなかったために、原告方を去った。

(二) 被告は、原告から提出された所得税確定申告書に記載されている事業所得金額が正しいか否かを確認するために、昭和五六年七月三一日から山口をして再三原告方へ赴かせ、実地に調査を行わせた。しかしながら、原告は、右に述べたとおり、山口に対して誠実な対応をせず、調査を引き延ばし、要請を無視して第三者を立ち会わせるなど非協力的な態度に終始し、帳簿書類を一切提出しなかった。したがって、被告に推計課税を行う必要性のあったことは明らかである。

3 事業所得の金額

(一) 原告の係争各年分の事業所得の金額は、昭和五三年分については七三四万一八三一円、昭和五四年分については六六六万五〇一一円、昭和五五年分については七二七万三七三七円であり、その内訳は別表(二)記載のとおりであるが、同表の各金額の算出根拠は以下のとおりである。

(二) 総収入金額

原告の係争各年分の総収入金額は昭和五三年分については四一〇九万七八三六円、昭和五四年分については四一三〇万八五七四円、昭和五五年分については四二八八万九一〇六円で、その内訳は別表(三)記載のとおりである。

右のうち、係争各年分の総収入金額並びに昭和五四年分及び昭和五五年分の各総収入金額のうち自動車板金塗装と自動車整備(中古自動車販売を含む)との内訳は、原告が国税不服審判所における審査請求の段階で自認主張していた金額であり、このように納税者が争訟手続上一定の収入を自認している場合は、少なくとも右の額までは実際の収入が存在することは経験則上明らかである。また、昭和五三年分の総収入金額の内訳については明らかではないので、昭和五四年分及び昭和五五年分における当該各収入金額の割合の平均値により按分して算定したものである。

(三) 必要経費の額

原告の事業にかかる必要経費の額が主要材料の仕入金額以外は不明のため、前記(二)の自動車板金塗装における総収入金額及び自動車整備(中古自動車販売を含む)における総収入金額に対し、それぞれ後記4で述べる類似同業者の平均必要経費率(別表(四)の1ないし3記載のとおり)を乗じて算出すると、必要経費の額は、昭和五三年分が三三三五万六〇〇五円(自動車板金塗装が一〇二五万三七八四円、自動車整備が二三一〇万二二二一円)、昭和五四年分が三四二四万三五六三円(自動車板金塗装が一一六五万六七二円、自動車整備が二二五九万二八九一円)、昭和五五年分が三五二一万五三六九円(自動車板金塗装が一〇五五万二五八一円、自動車整備が二四六六万二七八八円)となる。

(四) 事業専従者控除額

原告の妻中村弘子にかかるものであり、原告の申告額は、昭和五三年分ないし昭和五五年分とも、各四〇万円である。

4 推計の合理性

(一) 被告は、原告と同じく魚津税務署管内において自動車板金塗装業を営む個人事業者及び自動車整備業を営む個人事業者のうち係争各年分の所得税の確定申告について青色申告書を提出した者の中から、〈1〉係争各年に前記各事業を営んでいる者(ただし、年の中途において開廃業若しくは休業した者又は業態を変更した者、災害等により経営状態が異常であると認められる者、小規模事業者で所得税法六七条の二の規定により収入及び費用の帰属時期をいわゆる現金主義によることとしている者、更正処分又は決定処分が行われた者のうち、これに対して不服申立若しくは訴訟係属中の者又は法令の規定に基づく不服申立期間若しくは出訴期間を経過していない者を除く)で、かつ、〈2〉係争各年分の総収入金額が原告の営む各事業の総収入金額のほぼ二分の一ないし二倍の者、すなわち、自動車板金塗装業については、昭和五三年分六五〇万円以上二五八〇万円未満、昭和五四年分七三〇万円以上二九一〇万円未満、昭和五五年分六五〇万円以上二六二〇万円未満、自動車整備業については、昭和五三年分一四一〇万円以上五六四〇万円未満、昭和五四年分一三四〇万円以上五三五〇万円未満、昭和五五年分一四九〇万円以上五九六〇万円未満の者、という各条件を満たす者を選定した(以下「類似同業者」という。)。右により選定された類似同業者の総収入金額及び必要経費の額並びに必要経費額が総収入金額中に占める割合は別表(四)の1ないし3記載のとおりである。

(二) 被告が用いた類似同業者の必要経費の総額(別表(四)の「必要経費の額」の欄の金額)中の売上原価の額及びその他の必要経費の額の内訳並びにこれらが収入金額中に占める各割合は別表(五)の1ないし3のとおりであり、本件類似同業者に関する限り、仕入金額ないし売上原価の額及びその他の必要経費の額と収入金額との対応よりは、経費総額と収入金額との対応の方が相関性が高い。

(三) 被告は、前記4(一)記載のとおりに類似同業者を選定し、推計課税を行ったものであるところ、被告の選定した類似同業者は、原告と、その業態、事業規模等において類似性があり、かつ、その抽出過程に被告の思惑や恣意が介在する余地がないことは明らかであるから、右類似同業者の平均必要経費率を適用して原告の所得金額を推計することには合理性がある。

四 被告の主張に対する原告の認否及び反論

1 被告の主張1は争う。

2(一)(1) 被告の主張2(一)(1)のうち、昭和五六年七月三一日に山口が訪れて帳簿書類等の提示を要求し、原告が書類を探す暇がない等と発言したことは認めるがその余は否認する。

原告は、昭和五五年に父と母が相次いで死亡し、母か営んでいた浴場経営を引き継ぎ、浴場と住宅の新築工事のために時間的な余裕がないが、秋には完成するのでその頃まで調査を延期して欲しいと申し入れて、山口の同意を得たものである。

(2) 被告の主張2(一)(2)のうち、昭和五六年八月二〇日に山口から電話があったことは認めるがその余は否認する。

原告は、山口からの電話に、前回の調査の際に説明した内容を繰り返したが、何しろ早くするようにと一方的に言われた。

(3) 被告の主張2(一)(3)のうち、昭和五六年九月二日に山口が訪れて資料の提示を求めたこと、被告がもう一か月すればなんとかなると言ってその日は帳簿等を提示しなかったこと、山口が取引先調査をすると言ったことは認めるがその余は否認する。

原告は、山口に対し、秋まで待って欲しい事業を繰り返し説明し、取引先調査をしてもらっては困る旨を説明した。

(4) 被告の主張2(一)(4)の事実は認める。

原告は、客から至急来てほしい旨の連絡を受けていたのであり、戻ってから午後四時ころに山口に電話をしたが留守であった。

(5) 被告の主張2(一)(5)の事実は認める。

原告は、初回の調査で山口が秋まで待つことに同意しておきながら、それを無視して取引先調査を実施したことから、山口に対して苦情を述べたものである。

(6) 被告の主張2(一)(6)の事実は認める。

(7) 被告の主張2(一)(7)の事実は認める。

(8) 被告の主張2(一)(8)のうち山口が訪れた際に兼山が同席していたこと、山口が兼山の退席を要請したこと、原告が二階でやろうと言ったが山口が調査をせずに原告方を去ったことは認めるがその余は否認する。

原告は、山口に対して立会人のいない原告事務所二階で調査することを申し出たが、山口は、上司に第三者がいると調査に入れないと言われている旨を述べ、原告が引き止めるのにもかかわらず質問検査権を自ら放棄して立ち去ったものである。

(二) 被告の主張2(二)は争う。

原告は、帳簿書類を備え付けており、その内容も正確である。また、前述のように、浴場と原告住居の新築工事のために原告事務所二階に荷物が無秩序に置かれて帳簿等を探し出すことができない状況にあったので原告はこれを山口に説明して了解をとっていたものであり、昭和五六年一二月一七日には山口が自ら質問調査権を放棄したものであって、原告は、被告の税務調査に対して非協力的ではなかった。したがって、被告は、推計課税を行う必要性がなかったものである。

3(一) 被告の主張3(一)は争う。

(二) 被告の主張3(二)のうち、係争各年分の総収入金額並びに昭和五五年分の自動車板金塗装と自動車整備の内訳は認めるが、昭和五三年分及び昭和五四年分の総収入金額の内訳は争う。

(三) 被告の主張3(三)は争う。

(四) 被告の主張3(四)は認める。

4 被告の主張4は争う。

(一) 類似同業者抽出基準の不合理性

(1) 業種・業態について

原告は自動車板金塗装業、自動車整備業及び車両販売業の三つの業種を兼業しているから、類似同業者も右の業種を兼業している者の中から選定しなければならないのに、被告は、兼業しているかどうかを考慮せず、単に各業種ごとに同業者を選定し、かつ、自動車整備業と車両販売業について、実際に兼業しているか否かの調査をしないで一括して自動車整備業を営む者を選定している。このような同業者の選定方法では類似性は担保されていない。

また、業態について、被告は個人事業か否かを問題とするだけであり、何ら類似性の担保にはなっていない。すなわち、類似同業者の選定にあたってはその兼業状態も類似している必要があるところ、被告は自動車整備業と車両販売業についてその兼業状態を検討していない。加えて、自動車整備業の場合、車検業務の形態(事業者自らが指定工場を有し自らの工場で整備して従業員である検査員の検査を経て陸運事務所に書類のみを提出する形態、事業者が認定を受け自らの工場で整備は出来るが検査は陸運事務所に車両を持ち込まなければならない形態、事業者自ら指定工場たる協業組合を設立する形態)が異なっていれば類似性は担保されないところ、被告はこの点を何ら考慮していない。また、原告は協業組合黒部自動車車検センター(以下「黒部車検センター」という。)に参加しているのであるが、右組合は昭和五一年一二月に設立され、本件係争各年当時は設立直後の移行期であったから、過重となる整備担当従業員の人件費を従業員の整理等により削減できたか否かによって経費率に大きな影響があるにもかかわらず、被告はこれを無視している。

以上のとおり、被告のした同業者の選定では類似性は担保されていない。

更に、原告は、昭和五五年七月二八日母中村ヨシエの経営していた浴場業を相続承継し、以後右浴場業の所得は原告に帰属することとなった。しかるに、被告は、右の特殊事情を無視しており、この点でも、合理性がないことが明らかである。

(2) 事業規模について

事業規模に関する被告の基準は、係争各年分の総収入金額が原告の営む各事業の総収入金額のほぼ二分の一ないし二倍の範囲という基準だけであって、右以外の重要な要素である従業員数、家族構成員の関与の形態と度合い、事業所の広さ等が抜け落ちている。

(二) 実額主張

原告の係争各年分の事業所得、総収入金額及びその内訳並びに必要経費の内訳は、別表(六)の1ないし3記載のとおりである。

右のうち総収入金額及びその内訳は、原告の帳簿書類等の提示に基づき国税不服審判所が認定した金額であり、正確なものである。

次に、必要経費の内訳のうち、総仕入金額も右同様に国税不服審判所が実額で認定した額であり、正確なものである。特別経費に関しては、その事業の業態と営業条件が最も直接的に反映される支出項目であるところ、給料、外注費、支払利息割引料、黒部車検センター支払、地代家賃及び減価償却費は別表(六)の1ないし3の必要経費(特別)欄記載のとおりであって、客観的資料に基づき実額で把握できる。したがって、必要経費のうち右に掲げた費目を除いたその他の必要経費のみを推計で算定すべきである。

五 被告の再反論

1 類似同業者抽出基準の合理性について(被告の主張に対する原告の認否及び反論4(一)に対して)

(一) 業種・業態について

自動車整備業者と車両販売業者を一括して抽出したのは、自動車整備業者が車両販売業務を多少の差はあれ兼業しているのが通常の業態であるからである。

原告が黒部車検センターに参加している点については、右車検センターへの加入により、自己の工場における整備の労力及び富山陸運事務所での検査のための運搬の労力が削減されていること、手数料収入が半分になっても経費の点を考えれば利益も半分になっているとはいえないこと、従来従業員が過重勤務であったこと等を考慮すれば、必要経費に関する特殊事情とはいえない。

また、原告が浴場業を承継したことは、なんら推計の合理性に影響を与えるものではない。

(二) 事業規模について

従業員数、家族構成員の関与の形態と度合い、事業所の広さ等は、類似性を規定する基本的に重要な要素とはいい難い。

2 原告の実額に関する主張立証について(被告の主張に対する原告の認否及び反論4(二)に対して)

(一) 原告は、昭和六一年二月二八日に本訴を提起して以来、長期間にわたり実額の主張立証を行わず、平成二年四月一三日の第一八回口頭弁論期日に陳述した同月一二日付けの第九準備書面において初めて必要経費等の主張額を明らかにし、平成二年七月二〇日の第二〇回口頭弁論期日に至って、かねて申し出ていた証人中村弘子、同兼山幸成及び原告本人につき実額に関する尋問事項の追加を行い、平成二年一一月二日の第二一回口頭弁論期日以後になって、実額に関する書証として〈証拠略〉実額に関する部分〈証拠略〉を提出した。

しかしながら、右の実額に関する主張立証は、いずれも時機に遅れた攻撃防御方法であるから、国税通則法一一六条ないし民事訴訟法一三九条一項により却下されるべきである。

(二) 本件においては、被告は推計課税の必要性及び合理性を主張立証しているのであるから、原告が実額を主張して推計課税を争うには、〈1〉その主張する収入及び経費が存在すること、〈2〉その収入金額がすべての収入金額であること及び〈3〉その経費がその収入と対応するものであることの三点を証明しなければならない。

しかしながら、原告の主張する収入金額がすべての収入金額であるとの立証は何らなされていない。原告主張額は国税不服審判所の認定した収入金額と同一であるけれども、原告はその主張する金銭出納簿〈証拠略〉も審判所には提出しておらず、審判所の右認定は原告が提出した不十分な資料に基づくものであるから、審判所の認定をもっては、原告主張の収入金額が収入金額の総額であることが立証されたとすることはできない。

また、仕入金額についても、国税不服審判所の認定をもってはその正確性が担保されているとはいえない。

更に、原告が実額主張を裏付けるための証拠として本訴で提出している書証も、次のとおり、全く信憑性がなく、結局、実額の立証は何らなされていない。

(1) 金銭出納簿〈証拠略〉について

原告は審査請求時には金銭出納簿を提出していないこと、金銭出納簿中に異なった用紙が使用されている部分があること、原告が自主的に行った所得税の確定申告の内容は、所得金額が一六〇万円、一六五万円、一八〇万円という大雑把な数字であり、到底金銭出納簿を参照していたとは思われないこと、原告は審査請求時に仕入金額以外の必要経費を実額計算したとは考えられないこと、金銭出納簿には昭和五五年六月三〇日以降の現金残高が表示されていない上に、残高がマイナス表示になっている部分が存すること、金銭出納簿に記載されている原告家族の生活費の支出は過少であり、記載漏れがありそれに相応する収入金額の計上漏れがあると考えざるをえないこと、原告の妻中村弘子から原告への貸付金の記載が中村弘子の所得に比して過大であること、原告本人は中村弘子からの借入金及び返済金について知らない旨供述していること、後述のとおり出勤簿〈証拠略〉は後日作成された虚偽のものであること、以上の各事実を考慮すると、金銭出納簿は後日作成された虚偽のものである。

(2) 税理士藤田康雄の意見書〈証拠略〉について

富山相互銀行当座勘定元帳〈証拠略〉等の原告所持書類を参考に金銭出納簿〈証拠略〉を作成したと考えられるので、これらの記載が一致することは当然であるし、その他前記(二)(1)で述べたことを考慮すると、結局、藤田意見書の見解は失当である。

(3) 出勤簿〈証拠略〉について

金銭出納簿〈証拠略〉の昭和五三年一月七日欄に「出勤簿五五〇円」との記載があるが、〈証拠略〉の帳簿(大学ノート)の購入費用としては金額が高すぎること、給料明細に関する原告本人の供述が変遷していること、出勤簿がほとんど汚れていないこと、原告本人は例外的に出勤扱いにする合理的基準を明確に答えることができなかったこと、従業員高山広次の昭和五三年六月及び七月分の残業時間が正確に記載されていないこと、出勤簿の出勤印の捺印の方法についての原告本人の供述が変遷していること、従業員水島修は昭和五五年七月二六日にゴルフに行っていたのに出勤扱いになっていること、水島修の年間給与額を比較すると、原告の主張する昭和五五年分の給与額のほうが同六〇年分の確定申告書記載の給与額よりも高額となっていること、以上の各事実を考慮すると、出勤簿は後日作出された虚偽のものである。

六 原告の再反論(原告の実額主張に関する被告の反論について)

1 総収入金額について

原告家族の生活費は主として原告の母中村ヨシエが経営し原告が相続した浴場経営による収入により賄われていたのであるから、金銭出納簿〈証拠略〉に生活費支払の記載が少ないとしても、収入金額の計上漏れがあることにはならない。

原告は国税不服審判所に対し、収入を捕捉するのに必要な売上帳一〇冊を全て提出しており、審判所はその売上帳の正確性を確認し、これに基づき収入金額を計算しているものであり、金銭出納簿はそもそも収入を捕捉するのに必要な資料ではない。

2 経費と収入の対応について

原告の主張している経費支出はその全てが時期を明示して立証されており、支出先も明確であるから、原告の係争各年の事業収入に対応するものであることは明らかである。

3 時機に遅れた攻撃防御方法ではないこと

(一) 原告の実額主張は、平成二年四月一三日の第一八回口頭弁論期日に陳述した同月一二日付けの第九準備書面において初めてなしたものであるが、本件推計課税の必要性及び合理性の立証として第一三回口頭弁論期日までに山口証人及び田中証人の尋問が実施されていたところ、原告は推計の必要性が基礎づけられていないとして平坂巧証人らの証人申請をなし、かつ、推計の合理性に対して原告の特殊事情を主張し、右特殊事情の立証のために文書提出命令の申立を行っていたが、これを棄却する旨の抗告審の決定が平成二年一月二四日に出た。そこで、原告はやむなく、実額主張に移ることとし、右第九準備書面において総収入金額及び各項目別の必要経費額を具体的に主張し、立証を行ってきたものであり、なんら時機に遅れた主張立証ではない。

(二) 次に述べるとおり〈証拠略〉は、その提出経緯及び立証趣旨からみて、いずれも採用されるべきものである。

(1) 水島修の上申書

原告が従業員の出勤簿兼賃金台帳ノート〈証拠略〉に基づいて従業員の給与額を立証したところ、被告は所得税の源泉徴収票〈証拠略〉、確定申告書〈証拠略〉及び右水島に対する質問調書〈証拠略〉を提出してこれを弾劾してきたが、右の質問調書は賃金台帳ノートを示さずに行う等不公正なものであるから、原告としてはこれに反駁するために〈証拠略〉を提出したものである。

(2) 〈証拠略〉給料支払明細書控

賃金台帳ノート〈証拠略〉作成の基礎となったものであるところ、被告が前記不公正な立証活動によってその信用性の弾劾を企てたので、信用性の補強として提出したものである。

(3) 〈証拠略〉従業員給料明細表〈証拠略〉昭和五九年から昭和六〇年九月までの賃金台帳ノート及び〈証拠略〉昭和六〇年分以降の賃金台帳

被告が昭和五九年度分以降の従業員給与額が記載された所得税の源泉徴収票及び確定申告書を提出して賃金台帳ノートの信用性を弾劾するので、被告提出の右書証が不正確であることを立証し、賃金台帳ノートの信用性を補強するために提出した証拠である。

(4) 〈証拠略〉中村弘子の陳述書

原告が原告の妻中村弘子の記帳していた現金出納簿(〈証拠略〉)に基づき一般必要経費の立証を行ったのに対し、被告が原告の妻と原告の事業との間の貸付け及び返済の明細表〈証拠略〉を提出するとともに、右出納簿の記載内容を充分には理解していない原告本人に対して記載内容に係る反対尋問をしてその信用性を弾劾したので、現金出納簿の信用性の補強として提出したものである。

(5) 〈証拠略〉中村弘子の事情説明書

賃金台帳ノート〈証拠略〉と給料支払明細書〈証拠略〉との食い違いに関する説明の証拠である。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一 請求原因1及び2(本件各処分の存在及び課税の経緯等)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

そこで、本件各更正及び本件各賦課決定の適法性について判断する。

二1 本件調査の経緯について

〈証拠略〉を総合すれば、次の事実を認定できる。

(一) 山口は、昭和五六年七月三一日の午前中、原告事業所に赴き、係争各年分の所得税の調査のために来た旨を告げ、帳簿書類等の提示を要求したが、原告が書類を探す時間がない旨の返答をしたため、昭和五五年分の売上金額及び昭和五三年分から同五五年分の仕入金額、減価償却資産及び人件費を調べるように依頼した。これに対して原告は、昭和五五年に父と母が相次いで死亡し、母が営んでいた浴場経営を引き継ぐと共に浴場と住居の新築工事を行っているために、精神的にも時間的にも余裕がないこと、原告事務所二階を仮住まいにしており荷物が混在している状況で帳簿等も探せないことから、秋ころまで調査を延期して欲しい旨申し入れた。しかし、山口は、あまり時間がかかっては困ると答え、原告方を去った。

(二) 山口は、昭和五六年八月二〇日、原告事務所に、資料が出来ているかの確認のための電話をしたが、原告が銭湯新築の事情を再度説明し、資料はまだ出来ていないと回答をしたので、八月末までに提示するよう要請した。

(三) 山口は、昭和五六年九月二日、原告事務所に赴いて資料の提示を求めたが、原告がもう一か月すればなんとかなると述べ、帳簿等を提示しなかったので、いつまでも待てないので取引先調査をすると告げた。これに対し、原告は、勝手にしてくれと述べた。

(四) 山口は、昭和五六年九月二八日、原告事務所に赴いた。しかし、原告は、客から修理のためにすぐに来てくれるように電話があり出かけるところで対応できなかったため、一〇月はじめならどうだ、日時はこちらから連絡する旨を述べて、資料の提示はしなかった。

(五) 山口は、昭和五六年一〇月二日、原告事務所に電話連絡すると、原告が資料はまだできていない、一〇月中旬以降ならなんとかなると答え、取引先調査を実施したことについて山口を怒鳴りつけた。

(六) 山口は、昭和五六年一二月四日、原告事務所に赴いて資料等の提示を要請したが、原告は、今日来て今日というわけにはいかないが再来週ならどうかと述べ、資料の提示をしなかった。

(七) 山口は、昭和五六年一二月一六日、原告事務所へ連絡すると原告は不在であった。その後原告は、山口に対して電話をし、翌日の午後に原告事務所に来るように申し出た。

(八) 山口は、昭和五六年一二月一七日午後一時ころ原告事務所に赴いた。原告事務所には新川民主商工会事務局の兼山が同席していたため、山口は、公務員の守秘義務の説明をして退席を要請した。しかし、原告は、兼山に同席してもらっても構わない旨述べ、兼山も守秘義務を本人に押しつけるな等と述べていた。原告と山口のやりとりの中で、原告は、兼山が別の部屋にいれば調査ができるかとの趣旨の発言をした。これに対し、山口は、声の聞こえない場所なら支障がないと答えたが、原告は、そのような事をすぐには判断できない等と述べて兼山を退席させなかった。その結果、山口は、正常な調査をできる状態ではないと判断して、午後三時少し前に原告方を去ろうとしたところ、原告に二階でやろうといって引き止められたが、原告の右対応は真摯なものではなく帳簿類の提示を引き延ばすための方法でしかないと考えて、これに応じず、結局、そのまま原告方を去った。

2(一) 被告は、昭和五六年七月三一日に山口が原告方に臨場した際、原告が浴場を新築しており帳簿等を探せない旨の話を山口に伝えてはいないと主張し、証人山口もこれに沿う証言をする。

しかし、同人の証言によると、臨場していた時間は約二時間であるところ、右の帳簿を探せない理由等の話をしていないとすると、滞在時間の長さが不自然であること、八月二〇日の電話の際に初めて浴場新築の話が出た(証人山口の証言)というよりは七月三一日の段階で右の話が出ていたという方が話の流れとして自然であることから、この点に関する証人山口の証言は採用できない。

(二) 他方、原告は、七月三一日に山口に対して秋ころまで待つようにと要請をしたのに対し山口が同意した旨主張し、原告本人尋問においても同様の供述をする(〈証拠略〉の陳述書、〈証拠略〉のメモも同様)。

しかし、原告が最も最初に作ったメモである〈証拠略〉によると、秋まで待つようにと原告が要請したのに対して山口が了承したとの内容は記載されておらず、この点に関する原告本人の供述及び〈証拠略〉の記載は採用できない。

(三) また、原告は、昭和五六年一二月一七日に山口が原告方に臨場した際、山口が声の聞こえない場所なら支障がないと答えた後、二階でやろうと言ったのにもかかわらず、山口が駄目である旨答えて調査を放棄して帰った旨主張し、原告本人尋問においても同様の供述をする(〈証拠略〉も同様)。

しかし、〈証拠略〉を作成するもとになった〈証拠略〉のメモも、本訴提起以後に作成されたもので、本件調査から五年程度経過した後の作成であるから(原告本人尋問)、必ずしも当時の状況を十分に再現したものとは言えないこと、兼山の同席についてそれまで強く主張していた原告が、突然兼山の居ないところで調査をすることを提案するというのは不自然であることに照らすと、この点に関する〈証拠略〉の記載は採用できない。

三 本件調査の適否―質問検査権行使の適否について

所得税法二三四条一項の規定は、具体的諸事情に鑑み、客観的な必要性があると判断される場合には、当該調査事項に関連性を有する質問をし、物件の検査を行う権限を認めた趣旨であって、質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については、質問検査の必要性があり私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限ある税務職員の合理的選択に委ねられているものと解されるので、以下、この見地に立って、順次判断する。

1 原告は、調査には個別的必要性が客観的合理的に存しなければならないところ、本件調査では右必要性を欠いていた旨主張する。

しかし、原告の係争各年分の確定申告書(〈証拠略〉)には事業所得の専従者控除額及び事業所得金額の記載はあるものの、その所得金額の計算の基礎となる収入金額及び必要経費の記載がなく、係争各年分とも事業所得の金額の算出根拠が計算上全く不明であると認められるから、所得税の申告額が過少であるか否かの点について調査を行う客観的な必要性があったものと認められる。

2 原告は、被告が昭和五六年七月三一日の調査に際して事前通知をしなかった点に違法がある旨主張するところ、なるほど、同日の調査に際して税務職員たる山口は原告に事前通知をしていないことが認められる(〈証拠略〉)。

しかしながら、前記認定のとおり、同日に山口は昭和五五年分の売上金額及び昭和五三年分から昭和五五年分の仕入金額、減価償却資産及び人件費を調べるように依頼したのみで、その後昭和五六年一二月一七日まで四回にわたり調査のために原告事務所に赴いているのであるから、同年七月三一日の調査に際して事前通知をしなかったことは、社会通念上相当な限度にとどまり何ら違法はない。

3 原告は、被告が調査理由を開示しなかった点に違法がある旨主張する。

しかし、前記認定のとおり、山口は昭和五六年七月三一日に原告に対して係争各年分の所得税調査のために訪れた旨を告げており、前述のとおり係争各年分の確定申告書に所得金額の計算の基礎となる収入金額及び必要経費の記載がない状況を考慮すれば、右の程度に理由を開示すれば、これに何ら違法はないというべきである。

4 原告は、被告が本来認めるべき立会人の立会いを拒否して質問検査権の行使をせず、その結果推計課税により本件各更正を行ったものであり、適法に質問検査権を行使しなかった点に違法があると主張するところ、前記認定のとおり、山口は税理士資格のない兼山の立会いを拒否した事実が認められる。

しかしながら、税務職員に課せられた守秘義務に照らすと、税務調査にあたって税理士資格のない第三者の立会いを拒否することには相当な理由があるものというべきであるから、右の点に違法はない。

5 原告は、山口が昭和五六年七月三一日に秋ころまで調査を延期して欲しい旨の要望を了承したのにもかかわらず、それを待つことなく原告の取引先等の反面調査をしたもので、反面調査の濫用で違法である旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、山口は同日原告の秋までの調査延期の申し入れに対して同意しておらず、原告の右主張はその前提を欠くものである。

6 そして、その他、被告の行った本件調査に違法な点は認められない。

四 推計課税の必要性について

1 前記二で認定したとおり、山口が昭和五六年七月三一日から同年一二月一七日までの間に、三回にわたって電話連絡をし、五回にわたって原告事務所を訪れているのにもかかわらず、結局、原告は、山口に対して係争各年分の帳簿類を提示していないのであり、その経緯、状況に照らせば、原告が被告に対して非協力的な態度を示し続けたことは明らかであり、被告には推計課税を行う必要性があったというべきである。

2 ところで、原告は、浴場と住居の新築工事のために原告事務所二階を仮住まいにしており荷物が混在している状況のため帳簿等も探せない状態であったこと、昭和五六年一二月一七日に山口に対して第三者の立会いのない場所で帳簿類をみせるべく申し出たのに、山口がこれを無視して調査をしなかったのであり、結局推計課税の必要性の要件を欠く旨主張する。

しかしながら、前記二で認定したとおり、山口が最初に原告方を訪れたのは同年七月三一日であり、この時にできるだけはやく売上金額等を調べるよう依頼しているのに対し、原告は、同年九月二八日には一〇月はじめならば資料を揃えることができるので自分から日時を連絡する旨の発言をしているにもかからず、同年一〇月二日の山口からの電話に対して同月中旬以降なら資料を揃えることが可能と前言を翻し、その後被告に何ら連絡をとらず、同年一二月四日に山口が原告方を訪れても再来週ならどうか等と述べて資料の提示をしていないのであって、本件調査に対する原告の右のような対応、並びに、同年一二月一七日に山口が原告方を訪れた際に、兼山の退席を要請したのにもかかわらず、原告はこれを拒否していたこと及び山口が声の聞こえない場所なら兼山がいても差し支えないと答えたにもかかわらず、原告がそのような事をすぐには判断できない等と述べて兼山を退席させなかったこと、以上の各事実に鑑みると、結局、山口が、原告方を去ろうとした時に二階でやろうと述べて引き止められたことを、原告の真摯な対応ではなく帳簿類を提示することを引き延ばすための方法のひとつと考えて、原告の要求に応ぜずにそのまま原告方を去ったことは、やむを得ないものであり、被告が原告の協力を得られないと判断して推計課税を行った点については何らの違法もないというべきである。

五 事業所得の金額及び推計課税の合理性の有無について

1 総収入金額

(一) 原告の係争各年分の総収入金額が別表(三)記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(二) 原告の昭和五五年分の総収入金額の内訳が、別表(三)記載のとおり、自動車板金塗装が一三〇七万七九二八円、自動車整備及び車両販売が二九八一万一一七八円であることは当事者間に争いがない。

(三) 原告の昭和五四年分の総収入金額の内訳について、被告は、原告が国税不服審判所における審査請求の段階で主張していた額である、自動車板金塗装が一四五五万二四二六円、自動車整備及び車両販売が二六七五万六一四八円である旨主張し、その理由として、原告が審査請求の段階において、一定の収入を自認している場合には右の額までは実際の収入が存在するとの経験則が存する旨主張する。

しかしながら、審査請求の段階で原告が主張した総収入金額と国税不服審判所が裁決で認定した総収入金額とは一致しており、その内訳の自動車板金塗装と自動車整備・車両販売にかかる収入金額が異なっているところ、国税不服審判所が売上帳等の記載内容を評価してその内訳の配分を判断したものであること(〈証拠略〉)を考慮すると、単に審査請求の段階で原告が主張していたということのみをもって、被告主張の右内訳額の収入があったと認めることはできず、その他本件全証拠によっても右内訳額の収入の存在を認めるに足りる証拠はない。

ところで、被告は、原告の昭和五四年分の総収入金額の内訳について、予備的に、原告が本件訴訟において自認主張している自動車板金塗装一一〇二万二〇二一円、自動車整備及び車両販売三〇二八万六五五三円を黙示に主張しているものと解されるから、以下、この額を前提に検討を進めることとする。

(四) また、原告の昭和五三年分の総収入金額の内訳について、被告は、自動車板金塗装が一二九一万四〇八五円、自動車整備及び車両販売が二八一八万三七五一円である旨主張し、その理由として、昭和五三年分については自動車板金塗装と自動車整備・車両販売の内訳が明らかではないので、昭和五四年分及び五五年分における当該各収入金額の割合の平均値により按分して算定した旨主張する。

しかしながら、右推計の基礎となる昭和五四年分の内訳額については、前述のとおり被告の主張に理由がないから、被告の主張する昭和五三年分の内訳額を肯認することはできない。

ところで、被告は、原告の昭和五三年分の総収入金額の内訳について、予備的に、原告が本件訴訟において自認主張している自動車板金塗装一〇三三万六一九〇円、自動車整備及び車両販売三〇七六万一六四六円を黙示に主張しているものと解されるから、以下、この額を前提に検討を進めることとする。

2 必要経費の額

(一) 類似同業者の選定

〈証拠略〉を総合すると、被告は、魚津税務署管内に所在する者のうち、次の(1)ないし(3)の基準のすべてに該当する者全部を選定したところ、別表(四)の1ないし3記載の各同業者が得られたこと、係争各年分の自動車板金塗装及び自動車整備の各業種に関する右同業者の平均必要経費率が同表の平均欄記載の率であることがそれぞれ認められる。

(1) 係争各年分の所得税の確定申告について青色申告をしている者。

(2) 係争各年に自動車板金塗装業又は自動車整備業を営んでいる者(ただし、年の中途において開廃業若しくは休業した者又は業態を変更した者、災害等により経営状態が異常であると認められる者、小規模事業者で所得税法六七条の二の規定により収入及び費用の帰属時期をいわゆる現金主義によることとしている者、更正処分又は決定処分が行われた者のうち、これに対して不服申立若しくは訴訟係属中の者又は法令の規定に基づく不服申立期間若しくは出訴期間を経過していない者を除く)。

(3) 係争各年分の総収入金額が自動車板金塗装業については昭和五三年分六五〇万円以上二五八〇万円未満、昭和五四年分七三〇万円以上二九一〇万円未満、昭和五五年分六五〇万円以上二六二〇万円未満、自動車整備業については昭和五三年分一四一〇万円以上五六四〇万円未満、昭和五四年分一三四〇万円以上五三五〇万円未満、昭和五五年分一四九〇万円以上五九六〇万円未満の者。

(二) 昭和五四年分及び昭和五三年分の同業者の選定について

(1) ところで、右(一)で認定した事実によれば、昭和五四年分の必要経費率計算の基礎となる別表(四)の2記載の自動車板金塗装業の同業者アないしエは、総収入金額が七三〇万円以上二九一〇万円未満の者のうち前記2(一)記載の他の基準に該当する者の全部であるところ、被告は、これにより、原告の総収入金額の約二分の一から二倍の範囲内にある同業者を全部抽出したこととなり、事業規模、業態等において原告と類似性があるとして、その平均必要経費率を適用して原告の所得金額を推計により算定することには合理性がある旨主張している。

しかしながら、前記のとおり、原告の同年分の自動車板金塗装業の総収入金額は一一〇二万二〇二一円であるとするほかないのであるから、総収入金額が七三〇万円以上二九一〇万円未満の同業者から選定するということは、原告の総収入金額の約二分の一から二倍の範囲内よりも収入の多い方に偏った同業者群の中から選定したことになり、結局、右の同業者の選定には合理性を認めることができない。

また、同年分の必要経費率計算の基礎となる別表(四)の2記載の自動車整備業の同業者AないしHは、総収入金額が一三四〇万円以上五三五〇万円未満の者のうち前記2(一)記載の他の基準に該当する者の全部であるところ、被告は、これにより、原告の総収入金額の約二分の一から二倍の範囲内にある同業者を全部抽出したこととなり、事業規模、業態等において原告と類似性があるとして、その平均必要経費率を適用して原告の所得金額を推計により算定することには合理性がある旨主張している。

しかしながら、原告の同年分の自動車整備業の総収入金額は三〇二八万六五五三円であるとするほかないのであるから、総収入金額が一三四〇万円以上五三五〇万円未満の同業者から選定するということは、原告の総収入金額の約二分の一から二倍の範囲内よりも収入の少ない方に偏った同業者群の中から選定したことになり、結局、右の同業者の選定には合理性を認めることができない。

(2) 昭和五三年分の必要経費率計算の基礎となる別表(四)の1記載の自動車板金塗装業の同業者アないしウは、総収入金額が六五〇万円以上二五八〇万円未満の者のうち前記2(一)記載の他の基準に該当する者の全部であるところ、被告は、これについても、前同様、原告の総収入金額の約二分の一から二倍の範囲内にある同業者を全部抽出したこととなるとして、その平均必要経費率を適用して原告の所得金額を推計することには合理性がある旨主張している。

しかしながら、原告の同年分の自動車板金塗装業の総収入金額は一〇三三万六一九〇円であるとするほかないのであるから、総収入金額が六五〇万円以上二五八〇万円未満の同業者から選定するということは、原告の総収入金額の約二分の一から二倍の範囲内よりも収入の多い方に偏った同業者群の中から選定したことになり、結局右の同業者の選定には合理性を認めることができない。

また、同年分の必要経費率計算の基礎となる別表(四)の1記載の自動車整備業の同業者AないしFは、総収入金額が一四一〇万円以上五六四〇万円未満の者のうち前記2(一)記載の他の基準に該当する者の全てであるところ、被告は、これについても、前同様、原告の総収入金額の約二分の一から二倍の範囲内にある同業者を全部抽出したこととなるとして、その平均必要経費率を適用して原告の所得金額を推計することには合理性がある旨主張している。

しかしながら、原告の同年分の自動車整備業の総収入金額は三〇七六万一六四六円であるとするほかないのであるから、総収入金額が一四一〇万円以上五六四〇万円未満の同業者から選定するということは、原告の総収入金額の約二分の一から二倍の範囲内よりも収入の少ない方に偏った同業者群の中から選定したことになり、結局右の同業者の選定には合理性を認めることができない。

(3) したがって、被告の主張する昭和五三年分及び昭和五四年分の原告の所得金額の推計には合理性がない。

よって、右各年分の更正処分及び過少申告加算税賦課決定は、その余の点について判断するまでもなく違法である。

(三) 昭和五五年分の同業者の選定と必要経費額の推計の合理性について

前記2(一)認定の事実によれば、昭和五五年分の同業者の選定基準は、業種、業態の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の各点において、類似性を判別する基準として合理的であり、右選定基準により業者を抽出するにあたって被告の恣意が介入するおそれも認められず、また、右各業者は年間を通じて青色申告により確定申告をしている業者であり、その申告が確定していることから、右業者の必要経費率算出の根拠となる資料は、正確性の高いものと考えられる。

また、〈証拠略〉によれば、別表(四)の3の同業者欄記載の者の必要経費の総額中の売上原価及びその他の経費の額の内訳並びにこれらが収入金額中に占める各割合は別表(五)の3〈略〉記載のとおりであり、右同業者に関する限り、仕入金額ないし売上原価の額及びその他の必要経費の額と収入金額との対応よりは、必要経費総額と収入金額の対応の方が相関性が高い。

したがって、右同業者の必要経費率の平均値により原告の必要経費額を推計することは、右推計を不合理ならしめる特別の事情のない限り、合理性を有するということができる。

(四) 原告の反論について

以下、昭和五五年分の所得金額の推計に関する限度で、原告の反論について検討する。

(1) 原告は、自動車板金塗装業、自動車整備業及び車両販売業の三つの業種を兼業しているから、類似同業者も右の業種を兼業している者の中から選定しなければならないと主張する。

しかしながら、必要経費率は業種ごとに異なりうるものであるから、自動車板金塗装業と自動車整備業及び車両販売業の二つに分けて必要経費率を算定することには合理性があり、この点についての原告の主張は理由がない。

(2) 次に、原告は、自動車整備業と車両販売業について一括して選定している点及び選定された同業者について実際に兼業しているか否かの調査をしていない点を指摘する。

〈証拠略〉によると、魚津税務署管内では中古自動車販売のみを単独で営業して青色申告を行っている個人納税者はいないこと、全国的にみて中古自動車販売業は大部分が自動車整備業との兼業であること、別表(四)の3の自動車整備についての同業者欄記載のAないしGが現実に中古自動車販売業を兼業しているか否かは不明であることが認められる。右のように、中古自動車販売業は大部分が自動車整備業と兼業しているのであるから、同一税務署管内に単独で中古自動車販売業を行っている者が存しない場合に、他の管内についての調査を行うのではなく、同一管内で自動車整備業を行っている者を選定すれば、その選定された業者が現実に中古自動車販売業を営んでいるか不明であっても、推計の合理性を認めることができる。

(3) 更に、原告は、同業者として車検の業務形態が異なる者を選定している可能性があり、推計の合理性がない旨主張する。そして、原告本人尋問の結果によれば、車検の業務形態には、事業者自らが指定工場を有し自らの工場で整備して従業員である検査員の検査を経て陸運事務所に書類のみを提出する形態、事業者が認定を受け自らの工場で整備は出来るが検査は陸運事務所に車両を持ち込まなければならない形態、事業者自ら指定工場たる協業組合を設立する形態等があること、原告は右の三番目の形態である黒部車検センターに設立当初から参加していたこと、昭和五二年六月ころから右車検センターでの車検整備が始まったこと、右車検センターの設立以後は自己に依頼された車検整備は右車検センターで行い代金の五割を右車検センターへ納めること、原告において右車検センターの設立に伴う従業員の整理は行わなかったこと、以上の事実が認められる。

しかしながら、原告主張の車検業務の違いにより特別に必要経費率が低くなったり高くなったりするものとは認められないし、原告本人尋問の結果によれば、黒部車検センターへの参加によって車検業務の手数料収入が半分になったが、自己の工場における整備の労力と富山陸運事務所へ検査のために運搬する労力も削減されていることが認められ、また、従業員の整理はしていなくとも、右センター設立後既に約三年が経過しており、この段階では従業員を他の業務に振り向けていると推認されるのであって、以上の諸点を考慮すると、車検の業務形態及び黒部車検センターへの参加の関係でも、同業者の選定に合理性を欠くと認められる事由はなく、原告に必要経費に関する特別な事情があったものとも認められない。

(4) 原告は、同業者の選択について、従業員数、家族構成員の関与の形態と度合い、事業所の広さ等の事業規模に関するの重要な基準を考慮していない点で合理性を欠く旨主張する。

しかしながら、前述のとおり、原告の総収入金額の約二分の一ないし二倍の範囲で同業者を抽出しているのであるから、原告主張の右要素を考慮しなくとも、事業規模の近似性に関して欠けるところはないというべきである。

(5) なお、原告が母中村ヨシエの浴場業を相続承継したことは、被告の主張する昭和五五年分の原告の自動車板金塗装及び自動車整備・中古自動車販売の事業所得金額の推計の合理性を左右するものとは解しがたいから、この点についての原告の主張も理由がない。

(6) 原告は、国税不服審判所が認定した総仕入金額は正確なものであるので、これを除いたその他の必要経費のみを推計で算定すべきである旨主張する。

しかしながら、原告が国税不服審判所に提示した資料の範囲、内容を確認するに足りる証拠はないし、仮に原告が国税不服審判所に対して総仕入金額を認定するのに必要な資料を提示していたとしても、本件訴訟においては右金額を実額で把握するに足りる証拠を提出していないのであるから、原告の右主張は理由のないものである。

(7) 原告は、いわゆる実額反証として、総収入金額及び右総仕入金額の主張の他、必要経費のうちの特別経費として給料、外注費、支払利息割引料、黒部車検センター支払、地代家賃及び減価償却費を実額で主張するので、以下判断する。

〈1〉 被告は、原告が平成二年一一月二日の第二一回口頭弁論期日以後に提出した実額に関する書証及び平成二年七月二〇日の第二〇回口頭弁論期日に尋問事項の追加を行った証人中村弘子、同兼山幸成及び原告本人の実額に関する証言、供述部分についていずれも時機に遅れた攻撃防御方法として、国税通則法一一六条ないし民事訴訟法一三九条一項により却下されるべきであると主張する。

ところで、本件訴訟の経緯をみると、昭和六一年二月二八日に訴えが提起されて同年三月二八日に第一回口頭弁論が開かれ、推計課税の必要性及び合理性の立証として、昭和六三年九月三〇日の第一〇回口頭弁論期日及び平成元年一月二七日の第一三回口頭弁論期日に、被告申請の証人山口隆宣、同田中信太郎の尋問が実施された。これに対し、原告は、平成元年三月三一日の第一四回口頭弁論期日に、推計の合理性に関して、被告の主張する類似同業者の類似性及び平均必要経費率の合理性を検証し原告の特殊事情を立証するためとして、文書提出命令の申立てを行ったが、同年八月三一日にこれを却下する旨の決定がなされ、平成二年一月二四日に抗告を棄却する旨の抗告審の決定が出された。その後、原告は、同年四月一三日の第一八回口頭弁論期日に、総収入金額及び項目別の必要経費の実額に関する主張を行い、同年七月二〇日の第二〇回口頭弁論期日に、右の立証のために、かねて申し出ていた証人中村弘子、同兼山幸成につき実額に関する尋問事項の追加を行い、同年一一月二日の第二一回口頭弁論期日に、実額に関する書証として〈証拠略〉の証拠申出をした。右同日、証人兼山幸成の証人尋問が実施され、平成三年四月二六日の第二三回口頭弁論期日に中村弘子の証人尋問が実施され、同年一二月一八日の第二六回口頭弁論期日から平成四年七月一七日の第二九回口頭弁論期日まで原告本人尋問が実施された。この間、原告は、平成三年九月二七日の第二五回口頭弁論期日にかねて申し出ていた原告本人の尋問につき実額に関する尋問事項の追加を行い、平成四年二月一四日の第二七回口頭弁論期日に〈証拠略〉の証拠申出をし、同年五月二二日の第二八回口頭弁論期日に〈証拠略〉の申出をし、次いで、同年七月一七日の第二九回口頭弁論期日に〈証拠略〉の証拠申出をした。そして、当裁判所は同年一〇月二日の第三〇回口頭弁論期日に弁論を終始した。

右に判示した本件訴訟の経緯に鑑みると、原告の必要経費に関する実額の主張並びに〈証拠略〉の証拠申出並びに証人中村弘子、同兼山幸成及び原告本人の尋問の申し出についての尋問事項の追加は、いずれも、国税通則法一一六条一項に違反し同条二項及び民事訴訟法一三九条一項により却下すべきものとは認められない。

また、右の訴訟の経緯の他、〈証拠略〉に関しては、訴訟外で専門的な素養を有する者に対して意見書の提出を依頼していたものであることに鑑み、〈証拠略〉は、被告が第二八回口頭弁論期日に〈証拠略〉を提出して反論、反証したために、これに反駁するべく新たに証拠を収集、提出することとなったものであることに鑑み、いずれも、国税通則法一一六条一項に違反し同条二項及び民事訴訟法一三九条一項により却下すべきものとは認められない。

〈証拠略〉については、弁論終結が予定されていた第二九回口頭弁論期日に証拠申出されたものであり、その申出を遅滞なくすることができなかった事情は見当たらないことを考慮すると、時機に遅れた攻撃防御方法と言わざるを得ず、国税通則法一一六条一項に違反するものとして、同条二項及び民事訴訟法一三九条一項により却下されるべきものである。

〈2〉 ところで、原告の実額主張が被告の推計による所得金額算出に対する有効な反証たりうるためには、推計を不要ならしめる程度の合理的な立証が要求されるもので、総収入金額についていえば、全ての取引に関する収入金額の総額を主張、立証すべきものであるし、必要経費についていえば、総仕入金額と一般の必要経費を除いた特別な必要経費に関する主張立証のみではなく、少なくとも総仕入金額についての主張立証がなされなければ、被告の推計による所得算出に対する有効な反証とはならないものと解するのが相当である。

本件につきこれをみるに、まず、原告の主張する収入金額が収入金額の総額であるとの立証は何らなされていない。原告主張額は国税不服審判所の認定した収入金額と同一であるけれども、原告が国税不服審判所に提示した資料の範囲、内容を確認するに足りる証拠はないし、仮に原告が国税不服審判所に対して収入金額を認定するのに必要な資料を提示していたとしても、本件訴訟においては右金額を実額で把握するに足りる証拠を提出していないのであるから審判所の認定をもっては、原告主張の収入金額が収入金額の総額であることが立証されたとすることはできない。

また、総仕入金額についても何ら立証がないことは前述(五2(四)(6))のとおりである。

そうすると、原告の昭和五五年分の事業所得の実額の主張は、実額主張としての合理性を欠き、被告主張の推計による所得金額の算定に対する有効な反証とはなしえないものというべきである。

(五) 昭和五五年分の必要経費の額

以上により、先に判示した自動車板金塗装業と自動車整備・中古自動車販売業別の各総収入金額(一三〇七万七九二八円と二九八一万一一七八円)に、別表(四)の3記載の類似同業者の必要経費率の平均値、自動車板金塗装業八〇・六九パーセント、自動車整備・中古自動車販売業八二・七三パーセントを乗じて、原告の昭和五五年分の必要経費の額を算出すると、それぞれ一〇五五万二五八一円、二四六六万二七八八円となる。

3 事業専従者控除額

昭和五五年分の右控除額が四〇万円であることは当事者間に争いがない。

4 事業所得の金額

以上に基づき、原告の昭和五五年分の事業所得金額を算出すると、七二七万三七三七円となる。

六 そうすると、昭和五五年分の更正処分は、原告の同年分の事業所得金額の範囲内でなされたものであって、これを上回るものではないから、何らの違法もなく、また、これに伴う過少申告加算税賦課決定にも違法はないというべきである。

七 よって、原告の本訴請求は、昭和五三年分及び昭和五四年分の更正処分及び過少申告加算税賦課決定の取消を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺修明 中山直子 片田信宏)

別表(一)ないし(三)及び(六)〈略〉

別表(四)の1

必要経費率の計算表(昭和53年分)

業種名

同業者

総収入金額

(A)

必要経費の額

(B)

必要経費率

(B)/(A)

自動車板金塗装

12,984,286円

10,967,499円

84.47%

15,388,748

11,488,972

74.66

14,360,545

11,351,218

79.05

計3件(C)

238.18

平均(C)/3

79.40

自動車整備(車輛販売を含む)

36,495,090

30,873,192

84.60

20,231,275

16,712,475

82.61

24,116,233

20,380,971

84.52

20,227,199

15,705,020

77.65

21,016,110

17,549,175

83.51

38,129,302

30,072,791

78.88

計6件(C)

491.77

平均(C)/6

81.97

別表(四)の2

必要経費率の計算表(昭和54年分)

業種名

同業者

総収入金額

(A)

必要経費の額

(B)

必要経費率

(B)/(A)

自動車板金塗装

15,099,260円

12,845,829円

85.08%

15,415,542

11,500,048

74.61

15,984,930

12,863,666

80.48

※エ

28,562,613

28,335,322

99.21

計3件(ア~ウ)(C)

240.17

平均(C)/3

80.06

自動車整備(車輛販売を含む)

35,303,059

29,433,218

83.38

33,537,011

29,235,273

87.18

26,083,884

22,321,993

85.58

19,827,705

15,019,436

75.75

18,724,868

16,215,280

86.60

40,924,779

32,114,774

78.48

24,616,566

22,785,266

92.57

13,488,557

11,590,752

85.93

計8件(C)

675.47

平均(C)/8

84.44

(注)※同業者エについては、必要経費率が99.21%と異常に高く、特殊事情があつたと推認され、かつ選定基準の上限に近いことから、平均必要経費率の算出に当たつては除外した。もつとも、同業者エを加えた平均必要経費率(84.85%)により計算しても、昭和54年分の事業所得の金額は5,967,948円となり、この金額に比しても本件更正処分(裁決により一部取り消された後のもの)における同年分の事業所得の金額は、なお範囲内ではある。

別表(四)の3

必要経費率の計算表(昭和55年分)

業種名

同業者

総収入金額

(A)

必要経費の額

(B)

必要経費率

(B)/(A)

自動車板金塗装

11,136,656円

8,669,194円

77.85%

15,532,900

13,151,893

84.68

20,876,805

16,599,844

79.52

計3件(C)

242.05

平均(C)/3

80.69

自動車整備(車輛販売を含む)

37,198,301

29,965,347

80.56

34,857,980

30,052,038

86.22

30,662,891

25,958,853

84.66

21,321,230

16,304,898

76.48

22,681,626

17,211,833

75.89

41,207,639

35,648,821

86.52

25,300,000

22,450,727

88.74

計7件(C)

579.07

平均(C)/7

82.73

別表(五)の1

同業者率の計算表 (昭和53年分)〈省略〉

別表(五)の2

同業者率の計算表 (昭和54年分)〈省略〉

別表(五)の3

同業者率の計算表 (昭和55年分)〈省略〉

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